四方八方 〜旅行と子猫日記〜

興味の向くままあれこれと記録した日記。史跡巡りを中心に旅行情報を主に掲載。天井裏に迷い込んだ子猫の日記も更新中。

段ボール



段ボール



 この前、藤吉の救出に使った段ボールです。


 とっても居心地良さそうです。


 中から手を出す仕草が、とてもカワイイです。







 さて、1年余りに渡って好き勝手に気の向くままブログというものを書き綴って来ましたが、このブログはここで終了したいと思います。


 藤吉は無事に大きくなりました。


 うちに迷い込んで来て、このブログに載せて以来、相互リンク先の皆さんから多くのことを教えていただいて、大変有り難かったです。


 妙な縁でしたが、今後も一緒にいて面倒を見て、命を全うさせてやりたいと思います(猫も長生きみたいですから、どっちが先に死ぬかなんて分かりませんけどね)。







 このブログは書いた情報を必要としてくれる方のために、このままネットの海を漂流させておきたいと思います。


 相互リンク先の皆さんのリンク等は、訪問者の方と自分が訪問するときのために貼ったままにしておきます。


 外しておいて欲しいという方は、コメントに残しておいて下さい。


 こちらへのリンクは、自由に外していただいて結構です。


 最後になりましたが、楽しい時間を過ごさせて頂き、大変感謝しています。


 相互リンク先の皆さんと、読んで下さった方の今後の御健康と御活躍を、心よりお祈り申し上げます。


                      平成19年6月20日


リニモ

リニモ


リニモ

リニモ車内から後方に過ぎ行くレールを望む



 JR名古屋駅から地下鉄東山線で藤が丘駅まで来ると、日本初の実用リニアモーターカー「リニモ」君に乗れてしまいます。


 リニアモーターカーといっても、中国の上海を末續選手のようなえらい速さで走るシロモノではなく、大人しい速度で静かにゆったり走ります。


 しかも、なんと無人で。


 東京お台場を走る「ゆりかもめ」君のリニアモーターカー版といえば分かりやすいでしょう。


 愛知万博の時は大活躍したのですが、場所が場所なので現在は閑古鳥が鳴いています。


 近くに商工業を誘致して、住宅地でも建てまくらない限り、とっても贅沢な乗り物のままでしょう。


 乗り心地は非常に良く、乗客も殆どいないので快適そのものです。


 先頭車両に乗れば、運転手気分を満喫できるでしょう。


 そういや、リニアモーターカーって電磁石の力で浮いているんですよね。


 不思議な乗り物です。


 鉄道マニアの皆さんは、是非、何度も何度も訪れて、苦しい苦しいリニモ君の経営を助けてあげて下さい。


 頑張れ、リニモ!


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 JR名古屋駅から地下鉄東山線で終点の藤が丘駅まで来ると、無人制御で走るリニアモーターカー「リニモ」に乗れてしまいます。


 この沿線上に、色々と施設があって1日乗車券で動き回ると面白いです。


 その1つがこの長久手古戦場です。


長久手古戦場



 天正12年(1584)、秀吉は信長の子・信雄と家康の連合軍を撃つべく大軍を率いて来ましたが、家康の巧みな戦振りの前に小牧山の攻略に失敗。


 膠着状態を打破すべく、池田恒興らの献策に従い2万人の別働隊で、家康の本拠・三河を急襲して背後を脅かす作戦に出ます。


 しかし、別働隊として派遣した池田恒興隊は、途中、岩崎城からの銃撃による挑発に乗りこれを攻略。


 時間を取られている間に、別働隊の動きを察知した家康の先鋒隊が、後続の三好秀次(秀吉の甥)隊を蹴散らして背後に迫ります。


 これに対し後続の潰走を知った堀秀政隊が、勢いに乗る徳川先鋒隊を待ち受け、鉄砲隊の釣瓶撃ちと共に突撃。


 家康の先鋒隊を潰走させますが、家康の本隊が既に迫っていることを察知し、利あらずとすぐに撤収しました。


 こうして運命の4月9日、この地において家康軍と秀吉別働隊の池田隊、森隊、堀隊が全面対決。


 当初は互角の戦いを演じていたものの、森長可が眉間に銃弾を受け戦死してから徐々に秀吉別働隊の旗色が悪くなり、池田恒興がこの地で討ち取られるに及んで、秀吉別働隊は潰走しました。


古戦場模擬



 戦場の様子を示した縮景が公園内に造られていました。


 右側の小山が家康本陣。


 左側が主戦場となった場所を表現しているそうです。


恒興戦死



 古戦場公園内には、池田恒興討死の地に石碑が建っています。


 勝入塚と呼ばれ、恒興が出家して法名を勝入斎と称したことに因んでいます。


息子戦死



 こちらは恒興の嫡男、之助(ゆきすけ)討死の地。


 幼名に因んで庄九郎塚と呼ばれています。


 当主を失った池田家は、このとき参戦しており命からがら逃げ出した次男の輝政が継ぎました。


 この池田輝政が後の姫路城主となり、大改修を行って現在の姿の大部分を造り上げました。


 その子孫は備前藩主となって幕末に至り現在も続いています。


 岡山市の池田動物園は、この池田家の子孫が経営しており観光客や市民に親しまれています。


 この地で虎口を脱した池田輝政の強運には、感心させられてしまいます。


 公園内には長久手町郷土資料館があります。


 館内には合戦の資料があり、鎧兜なども展示しています。


 食事もとれます。


 来たら、ついでに寄って見学しておくといいです。


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 岡山県の北部、真庭市には、「醍醐桜」という有名な桜の木があります。


 まだ見た事がないその桜を見に行こうという、とんでもない考えが頭をよぎってしまいました。


 軽い気持ちで行くと、シャレになりません。


 何がシャレにならないかというと、車の渋滞。


 1年に1回しか咲かないこの時期を狙って、人が一斉に群れ集うのです。


 麓から桜の木のある場所までたどり着くのに、およそ2時間。


 アホか……。


 最近は車を一方通行にしてさばいてますが、これは麓に大駐車場を設けて、そこからシャトルバス、又は徒歩でアクセスさせた方がいいですね。


 ともあれ、渋滞を見て一瞬止めようかと思ったけど、並んでしまって抜け出せなくなり(道が細いので一方通行でUターンもできない)、我慢の末に撮ってきた写真。


醍醐桜



近景



桜



幹



 うんちく。


 鎌倉末期の元弘2年、元弘の変で幕府に捕らえられた後醍醐天皇は隠岐の島への配流が決定。


 流される途中、この地に立ち寄りこの桜を観賞されたという伝説があります。


 この伝説に因んで、「醍醐桜」(だいござくら)と呼ばれています。


「じゃあ、後醍醐桜じゃねぇかよ!」っていう素朴な疑問は、心の中に止めておきましょう。


 ヒガンザクラの一種、「アズマヒガン」で推定樹齢は1000年。


 高さは18メートルに達し、幹の周囲は9・2メートルに及ぶそうです。


 昭和47年12月9日、岡山県天然記念物に指定されています。


 大河ドラマ「武蔵」のロケ地にも選ばれました。


二代目



 傍らには、2代目も咲いていました。


 頑張れ2代目!


 いつの日か、初代を喰って君が主役!!







 並ぶのが苦にならない方は、来てみるといいでしょうね。


 夜間はライトアップもしており、夜桜が楽しめます。


 私は当分の間、懲り懲りです(笑)。


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 久しぶりの旅行日記更新。


 あっちゃこっちゃ行ってはいるが、更新の時間があまりなし。


 つらし。


 今回はお伊勢さんこと伊勢神宮。


 JR名古屋駅より快速で1時間半程度でした。


 お金持ちさんは、特急が出ているのでこちらがよろしいかと。


 近鉄電車でもアクセスできます。


 JRの快速だと、途中、伊勢鉄道だかなんだかの縄張りを走るということで、みかじめ料490円を取られます。


 往復で1000円近くになり、ちょっと損した気分満点です。







 着いてみたら、あららこの駅終わってるぅ……。


 一瞬、昭和の時代にタイムスリップしたかのような錯覚に襲われました。


 駅前は閑古鳥。


 もうちょっと賑わっているのかと思ってました。


 恐らく、新年には流行ってるんでしょう。


 まずは外宮(げくう)です。


 駅から一直線に進むと、駅前の繁華街(?)を経て5分程度で行けます。


伊勢外宮


 てくてく歩いて外宮に着きました。


 板塀の中に入ると撮影禁止。


 警備が常時詰めていて、完全防備体制です。


 何か撮影されるとまずいものでも置いているのでしょうか。


 皇宮の警備でもそうなんですが、こういう警備会社風の制服を止めたらどうですかね。


 純和風に、昔の衣冠束帯とか、狩衣とか、いっそのこと武者鎧着てね(笑)。


 雅(みやび)ということを考えないといけまへん。


 イギリスのロンドンに行った時に、ホースガーズのかっちょいい伝統ある制服を見て、とても羨ましかったです。


 ホースガーズの口元を見たら、気合いを入れるために「 F○CK!FU○K!」と小声で連呼しており、これがまた風流でござりました。


 これは真似しなくてもいいですね(笑)。


 

式年遷宮


 外宮のお隣には空き地があります。


 式年遷宮といって、20年に1度、神社を新しく建てて、大御神様にお遷りいただくそうです。


 古くは天武天皇の仰せにより、持統天皇の代に初めて行われ(690年)、以来1300年もの間続けられています。


 建物の構造自体が古いので、そう長くは保たないんでしょう。


 建物保存のみならず、建築技術の伝承にも一役かっている制度でしょうね。


 こういうのが1000年以上も続いているのが、日本の凄いところです。


 アメリカには絶対真似できませんよ。(建国200年そこらじゃ当たり前だ!)







 外宮を出て、一旦食事。


 名物と言われる伊勢うどんを食す。


 え〜、讃岐うどんに慣れている方は、食べない方がいいかもしれません。


 食べるなら、うどんとは違うものだと思って食べましょう。


 讃岐うどんをうどんと思っている人間には、少々つらい経験になると思います。


 それ以外の方は、食べてみるといいでしょう。


 麺は太く、コシはそれほど強くない感じでした。


 讃岐うどんのような汁ではなくて、みそだれ(だと思います)をかけているみたいですね。







内宮


 外宮は全般にしけてます。


 ちょっと手を入れて、こちらも人が来るようにするといいんでしょうけどね。


 伊勢神宮のメインは内宮の方。


 こちらには参拝路沿いに店が出て、賑わっていました。


 観光バスも続々到着しています。


 さすが、お伊勢さんというべき繁盛振りでした。


 但し、外宮からは距離があります。


 タクシー、バスといった交通手段がありますが、元気な人はレンタサイクルでゴー。


 駅前と外宮前で自転車を借りることができます


 丘を1つ越えるのでちょっとキツいですが、天気がいい時はレンタサイクルの方が気持ちがいいです。


内宮


 内宮も外宮と同じく、板塀の中は撮影禁止。


 内宮には、三種の神器の1つ、八咫鏡(やたのかがみ)をお祀りしています。


別宮風日祈宮


 こちらは、内宮敷地内にある別宮の風日祈宮(かざひのみのみや)です。


 内宮、外宮の他に、こういった別宮が至る所にあります。


 まあ、どれもこれも似たような建物なので、興味がなければ見ておかなくてもいいでしょう。


 因みに、私は律儀に全部見て回ってしまいました。


 写真撮影はできませんでしたが、やっぱり内宮と外宮が一番見応えがありますね。


徴古館



 内宮と外宮の間にある丘の上に、徴古館という博物館があって、色んなお宝物が展示されています。


 興味があれば見ておきましょう。


 但し、小銭を持たずに行って、入館料を万札で払おうとすると、ちゃんとお釣りがあるのにすんげぇ嫌な顔をされました。


 どうやら入館料は原則として小銭で払うという不文律があるようです。


 私のように、お布施をしすぎて小銭が無くなっていることのないように気を付けましょう。







 家に帰って感想を聞かれ、「う〜ん、何も無いところだった。」って言うと、家の人に「そうでしょう。私も行ったけど、がっかりしたのよ。」と言われました。


 どんな所か、1度見ておいたらということで、勧めてくれたようです。


 1度見たので大満足です。


 もしまた来る時があったら、どんなに変わっているのか楽しみです。


 おちまい。


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