
岡山県岡山市北部の御津に金川城(玉松城)があります(周辺地図)。
紅葉の綺麗な宇甘渓を流れてくる宇甘川と、岡山市中心部へ流れ込む旭川の合流地点をにらむ標高225メートルの臥龍山の要衝に築かれた複合連郭式の山城です。
連郭式というのは、尾根伝いに曲輪(防御陣地)を築いていく山城に多い方式で、曲輪が縦に連なっている築城方式です。
城跡はハイキングコースとして整備されており、2時間程度でひと回りできます。
この一帯は、160ヘクタールに及ぶ国有林の一部となっており、明治38年以来伐採されたことのない多様な常緑樹が山を覆っています。
山城の好きな方以外でも、ハイキングコースとして十分楽しめるでしょう。
それでは、写真で城跡の様子を見ていきたいと思います。

こちらが登山口の地図。道林寺丸跡から本丸、二の丸と回るコースで登りました。

城の南にある登山口です。
金川にある郷土資料館の真正面に看板が出ています。
ご覧のように、丸太を使った階段が整備されていて、とても登りやすいです。
因みに、登る時は丸太に足を置いて登ればいいですが、下る時は丸太の手前の土に足を置いた方が筋肉に負担がかかりません。
管理人は、下りで丸太の上に足を置いて下りて来たため、ふくらはぎやももの変な所が筋肉痛で大変でした。
バランスを取るのに、細かい筋肉が総動員されちゃうみたいですね。


こちらが道林寺丸跡です。
見にくいかもしれませんが、登山道に沿って幾重にも曲輪が配置されています。
ここが、防御の要であったことがうかがえます。

道林寺丸跡から南の金川の町を見おろした風景です。
左から右奥に向かって旭川が流れています。
どこの山城もこのように見晴らしがよく、水上交通、陸上交通を押さえる戦略上重要な位置に築かれていたことが、登ってみると一目で理解出来ます。

こちらも道林寺丸からの眺めですが、西側の眺めです。
宇甘川が奥から手前に向かって流れてきており、その先で旭川と合流しています。
この写真の奥に向かって進むと、毛利と宇喜田の間で合戦が行われた虎倉城(こくらじょう)があります。


本丸と北の丸の間にある白水の井戸です。
山上に降った雨が流れ込むような場所に設置されています。
直径は1メートルちょっとで、深さは5メートル程度でしょうか。
リングの貞子でも出てきそうな古井戸ですね。
登山道から離れているので、近くに行くのは少し危なかったです。
金川城にはこの他、天守の井戸と杉の木の井戸があり、これら3つの井戸が見所の1つです。

こちらは、北の丸に至る山道です。
西側(写真右側)が断崖絶壁になっていて、滑り落ちそうです。
ちょっとしたピリピリ感を味わえます。


上の山道を北に進むと本丸の北東を守る北の丸跡です。
50メートル四方ほどの広大な曲輪が存在しています。
二枚目の写真は、北の丸の北東の断崖です。
南北に尾根が続きますが、東西はこのような断崖で守られていました。


北の丸の北側にも尾根が続いていますが、そちら側の防御は上の写真のような大堀切で防御をしていました。
堀切というのは、山城において尾根に対し直角に空堀を掘り、尾根伝いに侵入してくる軍兵を防ぐ防御施設です。
1枚目の写真が堀切の底から北の丸方向を写したものです。
絶壁となって進入路を塞いでいるのが分かるでしょう。


こちらが本丸跡です。
写真を写した方向に向かって奥行き62メートル、横幅23メートルの大きな曲輪が広がっています。
ベンチもあるので、お弁当を持って来て食べるといいですね。
2枚目の写真は、本丸跡にある玉松城碑です。
この城の歴史については、歴史ノートの方に別の記事で書きたいと思います。


本丸跡の北側にある天守の井戸です。
直径8メートル、深さ10・5メートルもあります。
いくつか山城を回りましたが、これ程の規模の井戸は初めて見ました。
山城では水の手を取られて落城することが多いのですが、この城は水の備えも万全だったことをうかがわせます。


本丸の南東にある虎口(出入口)と枡形です。
1枚目が二の丸から本丸方向を見た写真で、2枚目が本丸から二の丸方向を見た写真です。
二の丸が落ちた場合に本丸を守る防御施設で、2枚目の写真では手前から右に折れて、更に左に折れて道が二の丸へ続いています。
道を屈折させ、枡形(四角形)の空間を作ることで、攻め寄せる敵兵に対し横矢をかけて殲滅する防御施設です。

こちらは二の丸です。
長靴状の形をした曲輪で、奥行きが96メートル、幅が狭いところで28メートル、広い南東部では48メートルに達します。
写真は広い南東部の様子で、ここにはベンチが置いてあります。

二の丸の曲輪内には、杉の木の井戸があります。
こちらは埋まっていて、他の2つのような井戸らしさはもうありません。
貞子も出てきそうにないですね。

二の丸からの眺めも素晴らしいです。
正面が金川の町で、向こう側に旭川が流れています。
手前には宇甘川が流れており、写真左で旭川と合流しています。

こちらは二の丸の南にある出丸跡です。
南から二の丸の方向へ向かって撮りました。
奥行き45メートル、幅23メートルの広さがあります。
この出丸から千鳥坂と呼ばれる、ぐねぐねと曲がりくねった坂道が麓まで続いています。
戦国時代、西備前を支配していた豪族、松田氏の居城に相応しい規模のお城でした。
ハイキングコースとしてもバッチリです。
金川城の歴史については、歴史ノートの方に別の記事で書きます。
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

