この庭園は、四川布政使(四川省の長)を務めた上海出身の潘允瑞という役人が、かつて刑部尚書(法務大臣)であった父親・潘恩への孝行のために建設したものです。
豫園の豫は愉と同音で(どちらもユーの音)、楽しいという意味につながります。
1559年に建設が開始され、18年をかけて完成しましたが、その時には既に父親は亡くなっていたそうです。
親孝行したい時に親はなし。
気を付けましょう。
その後、荒廃したそうですが、復興や改築を繰り返して現在の姿に至っています。
全体にこぢんまりしていて狭苦しいですが、建物や庭園は見事です。

こちらが豫園の入口を入ってすぐの三穂堂です。
目の前には、江沢民の石碑(江沢民参上の落書きと読む)があります。
由緒ある史跡に落書きしたくなるのは、どこの国の人間も同じようです。
豫園という名前があるのに、なぜか「海上名園」となっています。
上海なのでちょっとひねったのでしょうか?
こういうものはおかずに、できるだけ昔のままで残してもらいたいもんだと思う管理人でした。
三穂堂を写すときに邪魔になって仕方ありませんでした。
何十年何百年か後には、立派な歴史的石碑となるんでしょうかね(え、今、既にそうなの?)。

三穂堂の建物内部です。
園内の建物には、お土産を売っているところもあります。
総じて値段はべらぼうに高いです。
裕福な観光客向けになっているのでしょう。
値段を見て、「あら安いわ、これ!」と思える人は買いましょう。

こちらは築山。
手前は池で鯉が泳いでたりして、この庭園を眺める人のために、観光客の流れが悪くなる場所です。
小狭いですが、観光客がぞろぞろいなければ、静かで落ち着いた空間だと思います。

こちらは万花楼という建物です。
建物の前には、樹齢400年といわれる大銀杏がありました。
豫園の変遷を見ている樹木ですね。

壁の上には龍が巡らされています。
龍壁と呼ばれるもので、こちらはその龍の頭ですね。
龍は皇帝のシンボルであり、このような装飾は本来できなかったのですが、5本ある爪を4本にすることで、「龍ではない」と弁解をしていたという話です。

庭園の端の楼閣です。
個人的には、この楼閣が見ていて一番気に入りました。

こういう通路が池の上を走っています。
趣があっていいですね。

こちらは別の楼閣。
このような建物がそれ程広く無い空間に、みっちりと建っています。

こちらは内園です。
中央に見える建物は古戯台と呼ばれる舞台となっており、周りをぐるっと建物が囲んでいます。
1780年に建設されたそうで、こちらは明時代の豫園の造りと異なり、清代の建物の造りとなっているそうです。
両側の建物には、机と椅子が並べられていました。
観覧席でしょうかね。

舞台の天井には、細かな装飾が施されていました。
う〜ん、素晴らしい!
全体の印象ですが、狭い敷地に建物と観光客がひしめいています。
また機会があれば、皇帝や高官のでっかい庭園も見てみたいです。
せせこましさが、ちょっと気になった豫園でした。
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